俺は、眠っている。
もう、どれくらいこの闇と対峙してきたことか…
死んだのか、いや、死に切れたのか…。
それすらも曖昧な所を漂っている。
昔、正義の味方にあこがれて、裏切られた男がいた。
幸福の絶対値は、人間によって決まっている。
その男の幸福は、人を助けることによって得られる物だった。
人を助けるために、ヒトを殺し続けそして、人に裏切られた。
俺の幸福は、人間にしてみればかなり下位に分類されるのかもしれない。
それでも俺は良かった。それが俺の全てだった。
そう有りたいと思っていたからだ。
守護者として存命を受けた俺は心底歓喜した。
結果はどうあれ、生前の俺は人々に認められたのだから。
しかし、人間というものは力を持つと、駄目になる。
俺という力を得た人間は、俺を道具として扱った。
其処に俺の意思など関係ない。
その場に残る為の媒介が崩されぬ限り、俺はその場所に居続けなければ生らない。
契約という力は俺の力を存分に発揮させた。
其処に俺の意思など関係ない。
心では止めろと、辞めろと叫んでいるのだが。
存在は希薄な物。唯の力でしかなかった。
これは、自分が求めた結果なのか。自分が望んだ結果なのか。
俺という情報は、「記憶という時間軸」に記憶され、条件に応じてその時間に読み込まれる。
それだけの存在に成り下がった。
それは俺の望んだ結果なのか。
思い出す。あの戦争を。
思い出す。あの戦場を。
思い出す。あの光景を。
思い出す。あの惨劇を。
一握りの幸福のために、沢山の幸福を刈り取った。
沢山の幸福のために、幾千万の幸福を刈り取った。
この身に成ってしまっては、記憶は情報でしかない。
戦争の度に、惨劇の度に、
俺は相手の武器を覚えて要った。
情報として、同胞だった人間の、敵となった人間の。
俺は何処にでも存在していて、存在しない情報であった。
そして戦いが終わる度に
そして契約が切れる度に
この闇に帰ることが出来る。
『「 」』
無で居られるこの場所に。
存在は無に等しいが。記憶という情報の上では無では、ない。
この無は、輪廻の輪からは外れている。そう認識できる。
輪廻から外れたこの記憶は生き地獄そのものだ。
だからこの無が一番心地よい。
「あの」少年はこの戦いに勝てるのだろうか?
俺の記憶は限りなく曖昧だが,セイバーと名乗った少女と共闘した。
そのことが今のこの俺の決定的な分岐点に他ならなかった。
今の俺が存在するのは、あの少女のお陰であったといっても過言ではなかった。
何が間違ったのか。あの時間とは決定的に違う物がこの場所には存在していた。
俺は、彼女の武器を知っているし、彼女の全てを知っていた。
しかし少年はその全てを知り得てはいなかった。
この事実は明白であった。
この時間軸で彼が違う行動を取っていたとしても、今のこの俺は存在していた。
無の心地良さが俺の考えを冷静にさせていく。
この戦いで、少年が負けてしまったらどうなるのか。
俺が、衛宮士郎が死んでしまったら…。
セイバーは彼に勝てるのだろうか。遠坂はどうなってしまうのか…。
彼が、不完全な聖杯を完成させてしまったら…。
聖杯戦争は死んだサーヴァントは全て聖杯に取り込まれ、
聖杯降臨に必要なエネルギーに変換される。
どうやら今回の聖杯が無くなったために、
俺の存在は聖杯に取り込まれなかったらしい。
いや、英霊の神位として低い位置に居る俺の魂は「偽造」された聖杯には必要なかったらしい。
だから、無に帰ることが出来たのか?
「いや…違うな…」
闇にぼやけた光が灯る。
「ギルガメッシュ…俺を殺し損ねたか…」
意思は希薄になっていて実体化されていなかったのだろう。
「聖杯戦争か…」
俺はこのシステムに感謝した。
正義の味方に成りきれなかった俺と、
成りきれなかった正義の味方を知った俺。
全てを知った俺はどのように成るのか。そう考えると初めて少年のことが愛しくなった。
これは嫉妬からくる感情なのか?少年が羨ましい。
そしてそれは自身に対する希望めいたものになった。
「この戦い、勝たせなければならないな、俺を。」
契約は、ない。
縛る物は、存在しない。
今在るのは、確固たる自分の意思。
投影魔術は使えて後数回。
このまま消えるのも、力を使い切って消えるのも、
変わりが無かった。
ならば今一度正義の味方になりたかった自分を、
「信じよう。」
その先にある結果が、俺と重なるのか、異なる物になるのか。
興味が湧いてきた。
俺は、俺という存在を殺さず
俺は、俺という存在を生かそう。
俺を救うことで最期の「正義の味方」を演じる。
そう考えるとあまりに自分が、滑稽な物に思えた。

END