1(魔の104号室)
「もうこんな時間か…」
朝、6時半、久しぶりに早く目が覚めた。
隣では末莉が気持ちよさそうに寝ている。
・・・名残惜しいが、こいつも学校だしな…
布団から出て、服を着る。今日はどんな弁当持たせてやるか…?
決まっている訳ではないが、朝食と昼飯(弁当)を作るのは早く起きた方になっている。
最近は末莉が早起きだったので甘んじていたが、たまにはいいだろう。
三月も半ばまで過ぎたが、まだ朝は寒い。
まぁこのアパート、部屋代が物凄く安い分他の事にお金が回せるので、
ある程度水道光熱費が高くなっても問題ないのだが…
嗚呼、瞬間ガス湯沸かし器って素晴しい!
規則正しい包丁の音が、狭い部屋に響く。
「…んぁ、おはよう御座います…」
「おう」
末莉もようやく起きたようだ。
…まだ寝てても、十分余裕だろうに…
「…?…!は、お兄さん!」
「なんだ?」
「そそそ、そんな、お料理くらい私がやりますようっ!」
別にいいのに…
「早く起きちまったしな?いつも末莉にやらせてたし、たまにはいいだろう?」
「う〜…じゃ、じゃあ、何か手伝いますね!?」
「…ああ、そりゃ構わんが…」
…まったく…
「・・・服くらい、着て来いよ…」
「え、あ…きゃあ!?」
「はぁ」
2
「あの、アレですっ、今日終業式なんですよ!」
「ほう?」
口の中の物、飲み込んでから話せよ…
「で、ですね?お兄さん今日は仕事お休みだとお聞きしたので、
一緒にお出掛けしたいな〜とか・・・」
「構わないぞ?」
そうか、弁当いらなかったか。前々から言って置けよ…
「折角お弁当も作って貰ったので、公園とかで食べましょう!」
「ああ、そうだな。悪い」
「何がですか?」
「いや」
全く、こいつはスゴイ奴だ。無意識なんだが他人を気遣う。
いや、和ませるのか?
…癒し系ですか?
何でこいつ人気無いんだ?すごい疑問だ…
…青田刈り…
「ぐぁぁぁぁっ!!!」
ジタバタ
「ど、どうしたんですか!?お兄さん!」
「スマン、なんでもない。忘れろ。」
「はぁ…」
朝っぱらからなんてことだ。相当ヤられてるな…
「じゃぁ、今日の12時頃に」
「ああ、何処に行けばいい?学校に迎えに行こうか?」
「え、いいですよ、そんなっ」
何故に否定するか?
「いやさ、そっちの方が楽だろ?こっちも休みってだけあって暇だしな」
「じ、じゃぁ、お願いします」
「うむ」
「…待ち合わせっていうのも…楽しいのに…」
「なにか?」
「い、いえ!?なんでもないですよっ」
「そうか?あ・・・」
時計に目をやる。
末莉もその重大さに気が付いたようだ…
「あああ!!!じ、時間、時間っ!遅刻ぅ!!!」
「お、落ち着け後片付けはやっておくからっ!」
「は、ハイ〜!すみません〜!」
歯を磨いて、身だしなみとか整える。
「じ、じゃぁ行って来ますっ」
「おう、午後な?」
「はいー!」
ガチャ!バタン!ゴッ!
こけたな…
3
部屋の掃除をする。
もともと物をあまり置かない主義なので簡単なものだ。
しかし部屋半分はいいのだが、もう半分が問題である。
末莉のアイテム。
例の「男として触れたくないもの」があるのだ。
下着とかは、まぁ、なんつうか慣れてしまってどおってこと無いのだが…
(何について照れてるんだ、俺)
彼女の所有する所の書物。それが問題なのである。
俺の理性の範疇を超えている…
それがたまに出しっぱなしの時がある。
…今日がその日であった。
これは彼女の沽券に関わるものである。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ(空気が重くなる音)
…とりあえずテーブルの上に。
これでよし!!!
帰ってきた時の反応が少し楽しみである。
掃除を一通り終え、対末莉用トラップを仕掛けた所で丁度良い時間になった。
財布が入ったジャケットを羽織り、家の鍵を持つ。
末莉が襲われて以来、家の鍵は二重になっている。
俺が退院するまで末莉一人だと心配だと、とった配慮である。
…って云っても末莉は病院に通いっきりで、看護婦に許可を貰い寝泊りまでしていた。
よく、「仲の良い兄妹だ」って茶化されたものだ。
まぁ「兄妹」では無いのだが、そのようにした。
いろいろ面倒にならなくて良いし。
鍵を閉めて末莉の学校へ。
今日は思ったより暖かいな。上着は必要なかったか…?
晴れた良い日であった。
4(学校校門前)
学校に着く。少し早かったようで末莉はまだ学校から出て来ていない様だった。
仕方なく煙草吸いながら時間を潰す。正直あまりここには居たくないのだが…
何度か末莉を迎えに来たりしているとは言え、
知らない人から見れば、怪しい人間に見えるに違いない…
しばらくすると末莉が出てきた。
なんか女子と喋っているようだが…
を?こっちに気が付いたようだ。
「じゃあ私、これからお兄さんとデートだから!」
おいおい…
「じゃ〜ね〜」
「うん、バイバイ、末莉」
なんちゅう会話をしてるんだ、あのアマ!
「おに〜さ〜ん」
来た来た…
「ごめんなさーい」
十分引き付けて…
「つい、話し込んじゃっ、」
ゴス!
「いった〜い〜…」
「なんちゅう話をしてるんじゃ!」
「…事実なんだから良いじゃないですかぁ…」
「あの、なぁ・・・」
はぁ、なんか怒る気も失せる…
「…解った、もう良い、行くぞ?」
「え、あ、はい!」
っとなにやら違和感が…
「そういえば。オマエ、以前は無視とかシカトとか…」
「あ、えっとですね?あれから良太さんとかが逆に学校に来なくなって
仕切ってたグループが解散して大人しくなっちゃったんですよ?」
アレだけの事やって、逆に怖くなったか?
「虐め」の類だってこの歳になれば下らない事だって解ってくるものだしな。
「それから周りの女子っ娘達が、話しかけてくれたりして」
「ほう」
「勉強とか教えてあげたりして…」
これで末莉も人並みの青春が味わえるようになったか…
「よかったな?」
「はい!」
「…ところで、俺のことを周りに『お兄さん』とかって言っている様だが?」
「あ〜はい…」
なにやら顔を赤くして。
「末莉は好きな人居るの?とか聞かれて、正直に…」
「ふむ」
「ホストとかやってるんですよー、とか…」
「正直すぎだ、このアホっ娘め!」
べし!
「きゃい!」
「金輪際、人前でそういうことを言うなっ」
「うう…。あ、でもお兄さん結構人気あるんですよ?」
「へ?」
「学校でよく待ち合わせするじゃないですか?買い物とかで。
それで結構話題になってたりするんですよ?…お兄さんカッコイイから…」
はぁ…
「さすがホストだねーってよく言われます」
差し詰めガキどもは良い男とか見たことが無いんだろう。
俺位のはゴロゴロしてんぞ?
「見られるのは仕方の無いことだが、あんまり人前で俺の事情を話すな?」
「…はい…」
音が聞こえてきそうなくらいシュンとする。
末莉にとっては「自慢の兄」(?)なんだろうが、いい恥さらしだと思う。
こういうこともしっかりしておかないとな…
5(公園)
そんなやり取りをしていると、例の公園に差し掛かる。
青葉に呪いの絵を描かれたり、春花を見つけたりと思いで深い公園である。
「末莉よ、そんなにシュンとしているな?折角の弁当が不味くなる」
「え、あ、はい…」
とりあえずは、
「まぁ、仕事のことを他人に言うなとか、兎に角そういったことで、
他の事は普通程度に話題にしても良い。許可しよう」
フォロー。
「あ、はい!ありがとう御座います兄上!」
「うむ」
これでいつも通りか。
適当(軍隊用語の意)なベンチに座り弁当を広げる。
俺には少し足りないが、普通に二人分と考えれば適量である。
「お、お兄さん…」
「何だね、末莉君?」
「ほとんど辛いものじゃないですか〜」
「ご飯と一緒に食べなさい」
そもそも中華という物はそういう物だと言い聞かせる。
「そんなぁ…」
実はそんなに辛くしてないのだ。この位ならご飯に良く合うだろう。
元々末莉のために作った弁当だし。
意を決して、一口。

「辛くないです〜」
泣くほどの物か?
「まぁ、オマエのために作ったしな」
「ありがとう御座いますぅ〜」
だから、泣くなと。
「差し詰め、『激辛風末莉スペシャル』と言っておこう。
辛そうに見えて辛く無いのがポイントだ。」
「末莉スペシャル…ですかぁ…」
虚空を見上げた末莉が悦に浸っているようだ…
…物凄く夢見るアリスちゃん的妄想をしているに違いない…
「じゃぁ、これからお兄さんが私のために作ってくれるお弁当は、
総称して『末莉スペシャル』ですねっ」
確信の眼差しだった。
無意味にガッツポーズまで作ってるご様子である。
「おお…」
墓穴を掘ったか…
「今度友達にも食べさせてあげよう〜『末莉スペシャル』」
あああああ…こっ恥ずかしい…
「ちょい待て。いいか、末莉よ。東南アジアには『真の名』を
名乗ってはいけない風習がある地域がある」
「?」
「『真の名』を知られるということは、
相手に呪いをかけられる危険性があるからだそうだ」
「呪い…ですか?」
うむ、我ながら年頃の娘のはぁとを鷲掴みにするナイスなとぉくだ。
「即ち、真の名で在るところの『末莉スペシャル』を
相手に教えるという行為の危険性の意味、わかるな?」
「えーと、つまり…?」
「俺が折角辛くない味付けにしても、教えた奴から呪いをかけられ、辛くなってしまうという、
北の工作員もビックリな特殊工作を仕掛けられる可能性があるのだっ!」
「な、なんだってーーー!!!」
例の三人組が驚くような勢いで末莉が驚く。
ビバ!キバヤシ!
なんか寛に似てきたか、俺…
とか考えるが、家族を持つことは、つまりこういうことなんだろう…
「俺の言いたいことが解ったか?」
「…ッハイ!」
「よし、良い返事だ」
頭を撫でる。
「エヘヘヘ」
嬉しそうだ。
「つまり、ですね?教える時は『末莉スペシャル』でなく『末莉スペシャルDX(ダブルエックス)』とか、
『末莉スペシャル'turbo(ダッシュターボ)』とかにすれば良いって事ですよねっ!」
頭を撫でていた手がチョップに変わるのは時間の問題だった。
6
「ご馳走様でした〜」
「おう」
末莉二段重ねは、やっと昼食を食べ終えた。
二段重ねとは即ちアイスのようになっている様のことである。
鏡餅と云っても決して間違いではなかった。
遅めの正月か…
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
「そうですか〜」
二段重ねはさっき買った缶のお茶を飲んでいる。
何故か両手でちゃんと持って。左手で底を持ち、右手を添える形だ。
「は〜お茶が美味しい〜」
「…絵になるな…」
いろんな意味で。
「そうですか?」
「ああ…」
「照れます」
このように和んで居るのも良いものだ…。自分の烏龍茶をあおりながらぼ〜とする。
平和だなぁ…、…いいのかなぁ?こんなに平和で…。
半年前の慌しさが嘘のようだった。
今考えれば、昔はこうなるなんて思わなかっただろうな。
隣に末莉が居るのは、もう、当たり前になってしまったのだろう。
「お兄さん〜これからどうします〜?」
二段重ねでなくなった末莉(回復早っ)が尋ねる。
「そうだな、こうしてるのも悪くないが…」
「そうですね〜」
「買い物とか行くか?」
「はぁ〜そうですね〜」
「そろそろオマエの春物とか揃えんとなぁ?」
「え、ええええええ!?滅相もないぃ〜!!!」
オーバーリアクション。
「今月は少し余裕があるから、問題ない」
「はぁ…」
未だに遠慮が残っているのは否めない。見てて飽きないのは事実だけど…
「…休めのお店で…」
まだ言うか…?
「気にするな?長年の経験からすれば、高い物は長持ちする」
「ひえ〜!」
7(夜、住宅街)
久しぶりに高い買い物をした。覚悟はしていたが、やはり高い。
横では末莉がすごい嬉しそうな顔をしている。
鼻歌でも聞こえてきそうだ。
…高い買い物だったが良い買い物には違いなかったようだ。
流石に時間はかかったが。
8時か…。
「上機嫌なところ悪いが、末莉、飯はどうするか?」
「夕ご飯ですか?」
「うむ」
どっかで食べてくれば良かったか?
今から作るにしても面倒なだけだし、コンビニで済ますか…。
あれこれ考えていると、
「今日は色々と贅沢しちゃったしお兄さんに頼りっぱなしだったので、
私が作ります!」
「いや、あの時間が時間だし…」
既にやる気満々のようだ…。
むぅ…こうなるとこいつ頑固だからなぁ…
「…無理しない程度なら…」
「はい!」
うぅ…力入ってる…。
「材料、家にありましたっけ?」
「この前の買い物で、あれこれ買ってたのは誰だ?」
「そうでした…!」
時間かかるな、多分。
前にもこんなことがあった。昼飯が三時になったことが。
何処のラヴコメだよ…。
あの時は腹が空きすぎてやるせなかった…。
「むぅ…」
「どうしました?」
「少し、コンビニに寄って良いか?」
以前の失敗は生かされなければ意味がない。
8(魔の104号室)
対末莉用地雷は見事に決まった。
部屋に入ったとたんに悲鳴。
即座に末莉箱(末莉の大事な物の入ったダンボール)にソレを入れる姿は滑稽だった。
事が済むとエプロンをし、料理を始めた。
コンビニというものは有難いものである。
やはり時間がかかっているのであった…。
時刻は午後10時過ぎ、良い子は寝る時間である。
…末莉を「良い子」じゃ無くしたのは俺だが…
意味深。
「お兄さん、出来ました〜」
「おう」
コンビニで買ってきた『適当(軍隊用語の意ではない)な物』をつまみながら。
「良い香りだな」
「はい、久しぶりに力を入れました!」
この生活を始めてから、末莉には『手の抜き方』を教えた。
こいつはポテンシャルが高いのだが、体力の消耗が激しいからだ。
だから、手を『適度』に抜くことで、長時間の作業が可能になる。
『凝らずに適度に』を教え込んだ。
「自信作です!」
「ああ」
出てきたのはグラタン。下に敷くのは布ではなく新聞だが。
末莉と生活するにあたって、台所がにぎやかになった。
最初は中華なべとかしか無かったが、
「私もちゃんとした料理がしたいです…」
とか言われ、レンジやら何やらを揃えていったのだ。
…俺よりも末莉のが台所に関しては詳しくなったな。
女子と住むっていうのはそういう物か…
「最近学校で習ったんですよ」
「ほう」
「結構先生に褒められて…」
「そうか」
学校の女子供と比べたら末莉は別物だろうしな…
なんて、少し兄馬鹿。
「んじゃまぁ、いただきます」
「はい、あ、お兄さん!」
何のためらいもなしに口に運ぶ。『つまみ』とは言えセーブして食べていたのだ。
それが礼儀って物だろうから。
腹が減っていたのは事実だった。
「あちぃ!!!」
今考えれば馬鹿なことに気付く。そりゃ作り立てだわなぁ…
昔CMでガキが熱い熱い言いながらグラタン食ってたのを思い出した。
…走馬灯?…馬鹿な。
「お兄さん、水です!」
100%水道水を差し出される。何のためらいも無く飲むのだが…
「少し冷まさないと…」
「そうだったなぁ…」
「じゃぁ」
と言って末莉は…
1.ふ〜ふ〜して「ハイどうぞ」照れながら俺に差し出す。
2.「少し経ってから食べてください」と言う。
3.氷を持ってきて「これを入れて冷ましましょう」
悩む俺。
「2.だ!幾らなんでも、1.はやりすぎだろ!?」
みのが囁く。
「ファイナルアンサー?」
「…ファイナルアンサー…!」
例の音楽。静まる客席。黙るみの。
ミリオネアになれるのか!?
CMの後!!!
生唾を飲む。
みのの口が開く。
あれは「せ」の形!
「・・・・・・・・・・・残念!!!」
「我王!!!」(C.火の鳥)
「はい、お兄さん、あ〜んっ」
残念ながら1.であった。
マジですか?
俺は今奇跡体験をしている。しかも貴重な。
…現実ではありえない。
仕方が無い…相手はヤル気である。
漢、司。掘れた女にゃとことん弱い!
「…どうです?」
「うん、美味いんじゃないか?」
「ホントですか!?良かったです!!!」
「ああ…」
「…じゃぁ、次…」
ふ〜ふ〜…
「あ〜あのなぁ?それは少し…」
「へ?なんですか?」

やらなきゃ気が済まないらしい。結局好きなようにさせてしまうのか…。
全編を通して流されやすかった俺の性格はここに極まった。
…無関心、装ってたのになぁ…
9
「ふう、食った食った…」
夜食を食べ終えくつろぐ。末莉は後片付けをしている。
「末莉、明日は…」
と言いかけ、やめる。そういえば春休みだったな…
「なんですか、お兄さん?」
「いや、なんでもない」
食器を洗う音が狭い部屋に響く。
…明日の心配をしなくてもいい身分か…
学生時代の長期連休の前とかっていいものだな、物思いに耽る。
つまりは歳を食ったって事か。
「お兄さん、明日は?」
食器を洗い終わった末莉が聞いてきた。
「ああ、明日は夜勤。帰りは朝方だな」
「そうですか…」
毎晩こいつを抱いて寝るとか云っといてなんだが、スケジュール調整がうまくいっていない。
まぁ、後一ヶ月もすれば分けないのだろうけど。
「末莉は明日どうするよ?」
逆に聞いてみる。
「私は明日から工場で仕事ですよ?」
「そか…」
言われてみればこいつも職を持っていたなぁ…。
「何時から何時までだ?」
一つ心配なことがある
「え〜と、朝の10時から夕方の5時までです」
「そうか、わかった」
「?」
流石に他の職には就けるはずも無く、前と同じところで働いていることである。
これで、迎えにいけそうだ。
未だに良太とか言うクソガキが、末莉に何かするかもしれない。
もう少し、様子を見ておかねば…。
まぁ未成年に遅くまで仕事はさせないだろうが。
まぁ、迎えに行く事は伏せておく。何かとうるさいので。
明日の予定を考える。末莉を迎えに行って銭湯に行っても充分仕事に間に合うな。
「お兄さん、そろそろお休み、しますか?」
「ああ…」
満腹だしな、正直あんまり動きたくない。
牛になる?馬鹿な。食後は何もしない方が体に良いんだ。
…誰に言い訳をしてるんだか。
テーブルをどけて、布団を敷く。あの夜以来布団は一つしか敷かない。
もっと大き目の布団が欲しいかもな…
末莉は顔を赤くして、
「今日も…その、するんですか?」
とか聞いてくる。
明日のことを考えると、こいつにあまり負担がかけられないな…。
銭湯にも行ってないし…。今日は我慢しよう。
「今日はやめておこう?」
「え、…そ、そですか…」
何故にそんなに残念そうにするかな?
「今日はほら、銭湯行ってないだろう?連続じゃ流石に…」
「…あ」
顔を真っ赤にして俯いてしまったが、どうやら納得してもらえた様子だ。
…学校でも何日かはこういう日があったかも知れん…
…すまない、末莉。
「やっぱり、お風呂、欲しいですね?」
「…もう少ししたら、な?」

今以上に頑張らなきゃいけないな。
養うのは二人分。幾分かは楽になったが、いつまでもこの調子ではいけないのだ。
今日、明日のことを考えるだけでは足りなくなっていく。
加速度的に流れていく世界で、生きなければいけないのだ。
しかし、この生活にはそれを耐えるだけの価値はある。
それを見出せただけでも、幸せなのかも知れない。

この広い青い空の下で、俺達は生きていく。

END